坂山 毅彦 + 小嶋 直
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ねもは02
本日8/12から8/14まで、期間限定ではございますが、東北大学生有志による建築同人誌「ねもは02」内で坂山が答えさせていただきました「とびらプロジェクト」に関するインタビューが公開されております。お読みいただけたら幸いです。http://nemoha.web.fc2.com/

楽しく取り組んでいる様が伝われば本望です。問い掛けたい物事はあれど、何より楽しさあってこそなのだと自覚しているからです。この写真は建設予定地近くの風景です。
とびら土地
「草原の大きな扉」が今にも建ち現れそうな場所ですね!

9月には福井啓介とのインタビュー続編も収録され発売予定の完成版「ねもは02」もお楽しみいただければと思っております。

ところで、埼玉県新座市のとある土地にて、新築住宅の設計を始めております。「とびらプロジェクト」同様、楽しみながらもがいていこうと思っております。(t.s)
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私のもの、の最上級としての誰のものでもない、へ
先のゴールデンウイーク前後にかけて開催されましたAXISギャラリーでの中山英之展。会期中、運営をおおいに楽しんでいる男がいるということが、ある若き編集者の目に留まったようでして、先日仙台にてインタビュー取材を受けて参りました。おかげさまでとても楽しませていただいております。

その内容は「ねもは02」という建築同人誌に掲載されます。

ねもは

この写真は裏表紙ですが、「文学フリマ号」という名のもと限定先行発売されたものでして、8月ころには「夏号」としていくつかの建築専門書店で発売される予定です。ぜひお読みいただけたら幸いです。

さて、草原の大きな扉は誰のものなのでしょうか。


この建築は一人の個人資産によって建てられるものでは、今やありません。この建築を望む人が少しお金を提供したり、土地を提供したり、知恵・技術を提供したり、体力を提供することで建つ、参加したみんながそれぞれの楽しみ方を見つけられるプロジェクトです。みんなが対等でよいのではと思うのです。

だから、僕はそんな皆さんがそれぞれ「私のもの」とおおいに誇れば良いと考えています。その時、自分以外にもこの建築を誇りに感じている人がいることに気づくはずだから、それは「みんなのもの」だという思いになるでしょうし、みんなって誰?何百、何千の小さなつながりでできる建築です。顔も知らない、声も知らない、そんな誰かかもしれないんですから、そしてこれからもこの建築を好きになる人は増えるのかもしれないのだから「誰のものでもない」のだと思うのです。

そこに「公共建築」が、いつの間にかあったらいい。(t.s)
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エンドレスババ抜き
2011.04.27 〜 2011.05.08

六本木のAXISギャラリーにて、中山英之展が開催されます。

とびらプロジェクト主催、AXISギャラリー協力による展示会です。徒歩ではしごできる距離にギャラリー間(乃木坂)がありますし、GWは五十嵐淳展とあわせて、お楽しみいただきたいと思っております。

、と、なぜ僕が告知をするのかと言いますと、坂山毅彦建築設計事務所は中山英之展に協賛しているからです。

では、なぜ協賛するのか。このblogのlogを遡っていただけるとお分かりになるとおり、「とびらプロジェクト」をずーーっと応援してきたからです。

では、なぜ「とびらプロジェクト」を応援し続けてこれたのか。実はそのことを今、僕自信、自問自答を繰り返しているところなのです。

その答えの一端は、おそらく来月あたりにリリースすることができると思いますが、2000字前後のテキストにて綴ってみようと考えております。とある、「社会と建築」のことに高い意識をおもちの方から、ありがたい機会をいただいたくことができたのです。

今日、まず標しておきたいと思いましたのは、なぜ、考えもまとまっていないのに「他の建築家の応援をする」という活動に踏み出したのか、ということです。

建築家の本懐とは「自らの創造する建築によって、世の中を豊かにする」ことだと、僕自身も心得ているつもりです。しかしながら、現状を俯瞰いたしますと、その本懐を果たす機会の奪合いともいえる、狭い市場での建築活動を、建築界は永延と繰り返してきたのではないか、とも思うのです。

そんな醜い争いをしている人たちを、世の中の皆さんはどのようにご覧になっておられるのか、と思うと恐ろしくなるのです。いや、現実は、見てもくれていない、聞いてもくれていない、という方に近いのではないか。

そんな思いの中、独立いたしました僕の、まずやりたかったことは、「建築家が建築家を認め応援する」というカードを、掟破り的な意味でジョーカーとするならば、「ババ抜き」を始めたかったのかもしれないと、最近思い当たりました。

ババ抜きは、52枚、26組のカードの中に他のどれともペアにならないジョーカーが投入される事によって、皆が心理戦を勃発させ、順繰り順繰りに、ジョーカーを引かせんと、あるいは引くまいとやりあい、気づけば楽しくなっちゃう!ってゲームです。

誰が勝つのか、予想のつかない中で、そういうことに夢中になる事自体が何より楽しい。

僕が建築活動の一つと考え、取り組んできたこの「とびらプロジェクト応援活動」はそんなババ抜きのように、結果よりも、「なんでやるの?」を自問し続けたり、建築関係者に限らず、多くの方にお会いし、応援を呼びかける中で、「なんでやるの?」を尋問され続ける心理戦を、ある意味では楽しむような行為で、その行く末に、建築の、建築家のあるべき姿を見いだしていきたい。

でも、いつか「あるべき姿」が完全に定義されてしまい、考える事を終えてしまっては困るのです。結局最後までジョーカー(=坂山)をもっていた人が負けてしまうのだから。その一方で、一抜けしてしまうより、勝敗のつくギリギリまで残った人の方が、ババ抜きは楽しめる、とも言えます。それゆえ、途中でカードをどんどん追加投入してしまい、52枚を何千、何万枚にしちゃって、エンドレスなババ抜きを楽しみ続けたいと思います。

僕は「とびらプロジェクト応援」を一過性の取組みと考えてはおらず、「草原の大きな扉」がいつか完成しても、同様のテーマに基づく活動は楽しく続けていくのだと思います。楽しみ抜いた末に、社会と建築の距離が今よりずーーっと縮まっていたら、僕はほんとうに嬉しい。(t.s)

とびら
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寄合会議と「宀」
2011.02.19

坂山毅彦建築設計事務所企画による「寄合会議」の第一回目を、福井啓介設計の流山市前ヶ崎自治会館にて執り行って参りました。

流山

ことのはじまりは、そもそも坂山事務所にとって縁の深い、とある町内会において、既存自治会館の老朽化に対する懸念と、暗いという環境への不満から、建て替えを望む気持ちは少なからずありながらも、手続き等の困難さゆえ、実現への積極的な活動には及び腰であったという状況がありました。

そんな中、先述の福井啓介くんが、彼の地元である千葉県流山市のある町内において、自治会館の建て替えを成し遂げたという知らせを、辻琢磨(403architectureなどで活動中)くんのblogで知ったのです。昨年末のことでした。

それを知った当日に、僕は辻くんに連絡を取り、福井くんを紹介していただき、趣旨を説明し、賛同いただき、先日の第一回「寄合会議」実現となったのです。

趣旨とは、「小さな公共施設を、自分たち(利用したい人たち)の手でつくりあげるという意義をもっと拡張し、掘下げていきたい」というものです。

この会議をすることで、必ずしも新しい自治会館が実現するとは限りません。ですが、福井くんの活動を一過性の出来事で終わらすのは、もったいないと感じたのです。このタイミングを、寄合など、人々が気軽に立ち寄ることのできる「自分たちの居場所」をどうつくっていくかというテーマで話し合っていく場を設ける契機にしたい、というものが僕たちの一番の関心事だったのです。

第一回「寄合会議」には坂山事務所から坂山、小嶋が、そして前ヶ崎町内会からは福井くん、前ヶ崎町内会長さん、前町内会長さん、さらには403architectureの辻くん、田所くんの参加により開催されました。403の二人は別件の用事が本目的でしたが、同席いただき、オブザーバーとして参加していただきました。

その模様は纏まり次第、いずれ何らかの形で報告できたらと考えております。
また、1、2ヶ月ごとの開催というペースを目標に続けていきたいと考えおります。

もし、「寄合会議」に興味を持たれ、ぜひわが町の町内会で開催したいという方がいらっしゃいましたらプロフィール内にございますメールアドレス宛にて坂山までご連絡いただければ、地域にもよりますが、おおいに前向きに検討したく思いますので、お気軽にお問い合わせ下さい。ヨロシクお願いいたします。

「宀」
寄合会議をきっかけに、自治会館などの寄合施設だけではなく、「だれのものである」という以前の認識のもとにある、だれもが寄り添うことのできる建築を想像し創造していこうという建築設計UNITとして、坂山と福井啓介による「宀」という共同体を結成いたしました。

宀は漢字の部首のひとつで、「屋根」「家屋」を意味し、その源は以下の文字であると考えられています。


   甲骨文
    金文  
    大篆  
   小篆

宀とはアカデミカルには「うかんむり」と呼ぶのでしょうし、宀部を「べんぶ」と発音することもあるようですが、僕たち自身、まだ「読み」を与えていません。なぜかといいますと、例えば、卍が神社ではなくお寺を認識させますが、「まんじ」と読むように、宀も「うかんむり」というそのもので発音するのではなく、そのイメージにふさわしい「音」をもつはずで、それを建築と同時に時間をかけて考えていきたい、という思いゆえなのです。(t.s)
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ジェシー
先週末、来日している知人、ジェシーが東鎌倉の現場を見に来てくれました。

0115路地
路地をうろつくジェシー

この建築では、住宅の諸室を自分なりに分類した結果をそのまま2棟にしました。この土地に対峙するにあたって純粋に欲した建築は、この左官塗りの、わずか6坪の塔だけだったのかもしれません。
0115タワー

でも、いくら緑豊かな鎌倉の端とはいえ、隣家は存在してまして、その距離感は、全国どこにでもあるような距離感と変わらないように思いました。よほど都心の住宅密集地や、町家の方が土着的で魅力的な距離感にさえ感じます。このありふれた距離に、こちらでは制御不能な家々があるということは、せっかくの豊かな緑を享受する家にとっては相応しくないのではないかとの思いから、「家から見えるのは、緑と我が家」となる配置を考えたのです。

0115天窓

緑だけが見えるのも素晴らしいですが、いささか寂しいように感じることもあって、路地向こうの我が家が見えることが、住宅に活発さをもたらすといいなと思っています。(t.s)
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そばにいる、家
先日、紅葉の色きわまる京都にて、中山英之さん設計の「O邸」を、岡田栄造さんのご厚意に甘え、訪れることができました。

O邸2

内部空間のことを、岡田さんからひととおりご紹介していただきました。その際に、僕がいの一番にリアクションを現してしまったのが、下家の架構。

とてもさりげなく存在していますが、この「くの字」型の柱(あるいは梁)の曲り角に、普通あるであろう横架材が現れない、ということに舌を巻いたのです。というのも、純粋な「くの字」の連続であることが、棚として使われているこの場所の雰囲気を決定的に良くしていると思ったからです。

とはいえ湾曲した母屋が最大の特徴である「O邸」において、「ソコをこんなに早く突っ込んだ人は初めてだ」とおっしゃられていた岡田さんでしたが、「でも構造家の満田さんのお気に入りのディテールも、ソコ」とのことでして、後日、「満田衛資さん、えいぞうさんの家を語る」というインタビューを読み、なるほど、と勉強させていただきました。

「O邸」で体感したことは、そういった、ちょっとした(良い意味での)違和感の集積が、結果として、人と建築との関係をもっと身近なものにしているということでした。居室としてはちょっと幅が狭い、とか、ちょっと曲がっている、などという要素を、想像力豊かに人の住まうシーンを抱かせ、ひとつの住宅としてまとめあげた、というところに中山さんのすごさを感じました。

O邸1

とびらプロジェクト」も着実に歩みを進めているようです。岡田さんからお話をうかがって、これからも僕にサポートできることがありそうだ、と思うことができましたし、同時に、ひとりでも多くの方々のさらなる応援を、よろしくお願いできればと思っております。(t.s)
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家の中から自分の家が見えるのは楽しい
東鎌倉の家、現場進行中です。

この家の窓から見える風景は、自分の家と、鎌倉の豊かな緑。

鎌倉現場2

僕の師である椎名英三さんのそのまた師匠は、宮脇檀さんなんですが、宮脇さんの「家の中から自分の家が見えるのは楽しい」という言葉は、僕にとって、とても大切な教えです。

住まわれる方が、より深く家を愛してくれるように思うからです。(t.s)


鎌倉現場1
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路地
路地空間に、ずっと興味を持ち続けています。

外部空間だけれど、少し人の生活の気配がして、壁はもちろん「外壁」然りとした質感をもちながら、空間は室内のようなスケール感をもっていて、広いのか狭いのか、その時々の人の気分で変化するような曖昧さに惹かれているのだと思います。

前回模型写真でご紹介していた建築は、マンションの内装の計画なのですが、外壁のような板張りの壁による路地のような空間(あくまで内部ですので)が、廊下である以上に、お茶や食事をする場所だったり、勉強や仕事をする場所だったりするような建築を目指しました。
引っ越しする家しょさい

ところで、東鎌倉の家がいよいよ着工しています。こちらは分棟構成とすることで文字通り路地のある家になっています。(t.s)

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間の空
「空間」という言葉があります。僕の師である椎名英三さんを通して学んだ、最も大切なことだったのですが、読んで字のごとく、「間の空」のことなんだと思っています。

「空」というと、見上げる天空のことのように聞こえてしまいますが、普段人が存在している場所も、天空と境がないのだから「空」なんでしょう。

でも人は自分のいる場所を空ではなく「空間」と呼ぶわけです。それはつまり「空」の中に自分も含め何か「実体」があって、その「間」がどのような「空」になっているのか、を認識する人の感覚が故だと思うのです。

最近設計した建築を振り返ってみて、この感覚があれば人間は、よい居場所を見つける事ができるのであって、そんな感覚を呼び起こせるような建築を目指しているのだなと、年の初めに再確認しまして、今年も精進していこうと思っております。

今年もよろしくお願いいたします。(t.s)

食卓



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architect-shipとでもいうべきもの
さる11/1(随分時間が経ってしまった…)、大阪にて「とびらプロジェクト設立総会」のサポートをさせていただいてきました。とはいえ、レセプションのための花咲蟹のサービスと、会場の写真撮影(記録係)です。日々この総会のために準備を進めてこられた京都組のみなさんには頭の下がる思いです。段ボールの椅子を急遽追加するほど、大雨にも関わらず多くの皆様に足を運んでいただき、とても有意義な時間が共有できたという実感をもって帰京することができました。

コンペ当時に比べ、社会的意義などなど多くの要素をはらみ始めている印象を持ちました。「草原の大きな扉」という建築を通して、このプロジェクトに関わった人の数だけ、今後の建築や社会に対する示唆に富んだ意見が産み落とされていくような、意義深いプロジェクトになっていくことを願っています。

このプロジェクトについて語られるときに「850ものコンペ応募案」という言葉が、ある重みをもって現れるように思っています。シンポジウムの中で岡田栄造さんがコンペ応募者を「一番の賛同者」のはずだとおっしゃられ、「会場に応募者がいらしたら挙手を」と問いかけられた時に、何人かいらっしゃったようですが、いの一番に手を挙げる人間が、シンポジウムの様子をカメラにおさめる記録係をやっていた男だったという事を、会場にきてくださった方々には、どこか頭の片隅にでもとどめておいてくださったらなと、僕は思っています。

建築設計コンペの社会的な意義や問題意識が拡張されたり、あるいは掘り下げられることはもちろん重要ですし、歓迎されるべきですが、一方ではある意味で建築家の責任とでもいうべきものも拡張され掘り下げられていく事になるわけで、建築家のナイーブな部分もこのプロジェクトはサポートしなければいけないと、僕は思います。その意味で岡田栄造さんのおっしゃった通り、僕は「一番の賛同者」でいたいし、他の849人の皆さんにもそう願いたいと思います。

「昨日の敵は〜」ではありませんが、建築設計コンペにはsportsmanshipさながらの、architectshipとでもいうべきものが存在していたい。それが大きな力になりうるということを教えてくれた、とても素晴らしい「とびらプロジェクト設立総会」でした。(t.s)

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